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肌の調子が気になり始めた日のこと
スキンケアがうまくいっていない、と強く思った出来事があったわけではありません。
荒れているほどでもなく、誰かに指摘されるような変化があったわけでもない。ただ、鏡を見たときに「なんとなく落ち着かないな」と感じる日が続いていました。
昨日と比べて大きく違うわけでもないのに、触れたときの感覚が少し違う気がする。
朝の印象が、どこかしっくりこない。
そういう小さな違和感は、言葉にしにくいぶん、気持ちの中に残りやすいものです。
理由がはっきりしないまま続くと、その違和感は少しずつ存在感を増していきます。
「気のせいかもしれない」と思いながらも、翌日も同じように気になる。
その繰り返しの中で、スキンケアの時間に向かう気持ちが、いつの間にか構えたものになっていました。
問題がないのに、落ち着かない感覚
トラブルがあるなら対処すればいい。
でも、問題らしい問題が見当たらないのに落ち着かないときは、どう扱えばいいのか分からなくなります。
何かを間違えているのかもしれない。
どこかで手を抜いているのかもしれない。
そんなふうに考え始めると、スキンケアの時間は少しずつ「確認の時間」に変わっていきました。
肌を整えるための時間だったはずなのに、終わったあとに残るのは安心よりも、「これで合っているのかな」という感覚。
その引っかかりが、次のケアにも静かにつながっていくようになっていました。
違和感は、いつも後からはっきりする
その場では小さなことでも、あとから振り返ると「もう少し前から気になっていたな」と思うことがあります。
違和感は、急に現れるというより、気づかれないまま積み重なっていたのかもしれません。
スキンケアがうまくいかなかったと感じた理由も、最初から明確だったわけではなく、こうした小さな引っかかりの集まりだったように思います。
きちんと向き合おうとしすぎていた頃
違和感を感じ始めてから、スキンケアに向かう姿勢は以前より真剣になっていました。
丁寧に触れるようにして、手順も見直して、気になるところは意識してケアする。
一見すると、前向きな調整だったと思います。
でも、その頃のスキンケアは「心地よく整える時間」というより、「うまくやれているかを確かめる時間」になっていました。
今日は抜けていないか、足りていないところはないか。
そうやって一つひとつ確認しながら進めるうちに、ケアの時間そのものが、どこか張りつめたものになっていった気がします。
丁寧さが、緊張に変わっていった
丁寧にすること自体が悪かったわけではありません。
ただ、丁寧にしようとするほど、結果への意識が強くなっていたように感じます。
「ここまでやったんだから、落ち着いてほしい」
そんな期待があると、肌の印象を受け取る目も厳しくなります。
少しでも気になるところがあると、「やっぱり足りなかったのかも」と考えてしまう。
その思考が続くと、スキンケアのあとに残るのは満足感ではなく、静かな疲れでした。
肌より先に、評価していたもの
今思えば、その頃見ていたのは肌そのものというより、自分のスキンケアの出来具合だったのかもしれません。
ちゃんとできているか。
間違っていないか。
このやり方で合っているか。
そうやって評価を重ねているうちは、どんな状態でも「うまくいっていない理由」が見つかりやすくなります。
スキンケアがうまくいかなかった理由は、方法の問題というより、評価し続けていた視点そのものにあったように思います。
立ち止まって初めて見えた違和感
「このまま足し続けても、たぶん同じ感じが続くな」
そう思ったのは、スキンケアを変えようとしていたときではなく、何も変えなかった夜でした。
いつも通りのケアを、これ以上どうにかしようとせずに終えた日。
その日は、肌の印象が急に良くなったわけでも、満足できたわけでもありませんでした。
ただ、終わったあとに残る感覚が、いつもと少し違っていました。
「今日はこれでいいかもしれない」
そう思えたこと自体が、久しぶりだったように感じます。
それまでのスキンケアは、肌の状態を見ているようで、実は自分の評価をしている時間だったのかもしれません。
できているか、足りていないか、間違っていないか。
その確認が続いている限り、どこかでずっと緊張していたのだと思います。
肌より先に、気持ちが構えていた
振り返ってみると、肌に触れる前から、気持ちのほうが構えていました。
今日はどうだろう、昨日より悪くなっていないだろうか。
鏡を見る前から、結果を気にしていたような状態です。
その構えがあると、どんな状態でも「うまくいっていない理由」を探しやすくなります。
少し乾いていれば「保湿が足りなかったのかも」、
いつもと違えば「合っていないのかも」。
でも、その理由探しが続いている間は、肌の変化よりも、自分の不安のほうが大きくなっていきました。
スキンケアがうまくいかなかった理由は、肌の問題というより、
向き合う前から力が入っていたことだったのかもしれません。
「見直す」は、何かを足すことじゃなかった
見直す、というと、新しい方法を探したり、今までのやり方を修正したりするイメージがあります。
でもこのとき必要だったのは、そういう調整ではありませんでした。
どれだけやったか、どれだけ合っているか。
その判断を一度脇に置いて、
「今日はこのくらいで終わる」という区切りをちゃんと持つこと。
それだけで、スキンケアの時間は少し静かになりました。
何かを解決したわけではないのに、
「うまくいっていない」という感覚だけが、少し薄まっていったのを覚えています。
静かに向き合い方を変えてみて
それからしばらく、スキンケアに対して「結果を出そう」とする気持ちを、意識的に前に出さないようにしました。
良くしようとしない、整えようとしない、評価しない。
正直に言うと、最初は少し不安もありました。
何も目標を置かずに続けていて大丈夫なのか、
このまま流してしまっていいのか。
でも、何日か経って気づいたのは、
その不安の正体が「肌」ではなく、「ちゃんと向き合えているかどうか」だったことです。
うまくいかない日があっても、揺れなくなった
今も、肌の印象が気になる日はあります。
前より乾燥を感じる日もあれば、なんとなく落ち着かない朝もあります。
ただ、以前と違うのは、
そういう日に「理由を突き止めよう」としなくなったことです。
今日はそう感じる日なんだな、と一度受け取って、
それ以上広げない。
その距離感を持てるようになってから、
スキンケアが一日の中で重たくならなくなりました。
正解を探さなくなったことで残ったもの
スキンケアがうまくいかなかった理由を、
今なら「ひとつの原因」で説明しようとは思いません。
その時期の生活のリズム、気持ちの張り方、
うまくやろうとしすぎていた視点。
いくつものものが重なって、
「うまくいっていない」という感覚を作っていたのだと思います。
だからこそ、静かに見直した時間は、
何かを立て直すためというより、
距離を戻すための時間だったのかもしれません。
これからも、調子の波はあると思います。
でも、うまくいかない理由を急いで探さず、
また静かに見直せばいい。
今は、そのくらいの向き合い方で、十分だと感じています。

